生木を剥ぐって、こういうこと?

いま、わたし、混乱しております。

 

生木を剥ぐ…だったのかしら。

生爪を剥ぐ…だったのか。

 

あれれ。

生木を裂いて、生爪を剥ぐだったような気がする。

 

師匠の彼から初めて電話があったのです。

「誰にもこんな相談できなくて、楓子さんにしてしまいました」

 

あの冷静な紳士がわたしのような小娘に、娘位の年頃の女に

泣き言です。

いえ、こういう時は繰り言というべきかもしれませんね。

 

師匠が突然入院して3日になります。

確か検査入院なので、手術などするはずもなく、3日か、

せいぜいが1週間で退院するはず。

なのに師匠の彼は、心が折れかけているようです。

 

検査入院とはいえ、突然の出来事でした。

だから、衝撃はありました。

わたしでさえ聞いたときにはびっくりしましたもの。

 

「大丈夫よ。どこが悪いというわけでなく、

どこか悪いかもしれないから検査してみるということなんだから」

と師匠はいたって元気でした。

こういうときは「健気」と云ったほうがいいですかね。

 

師匠と彼とは毎日のように顔を合わせ、会えない時には電話や

動画通信を交わしていたようなんです。

 

「いい年をして、恥ずかしいんだけどね」と少女のように照れていた師匠の顔が

目の前に浮かんできます。

 

 

彼は話し続けます。

「わたしもね、2、3日のことだから、と思って甘く見てたのですが、

検査入院がどうなったのか、連絡はつけられないし、あのひとはああは云いますが、

実は悪性腫瘍の可能性もあり、部位によっては緊急手術ということもあるんです」

 

ええっ!

そんな切迫した状況だったんですか?

 

「いえいえ。わたしがひとりで合点しているだけなんですが、彼女はそんな状態だと

しても、決してわたしには告げないはずです。わたしが弱虫だということを

ちゃんと知っておりますから…」

 

もしやもしや。

最初は小さな疑問でも雪だるまのように転がしているうちにどんどんと膨らんで、

気がついたら心の中一杯を占める大きな塊になっていたりするんでしょうね。

一度膨らんだ塊はそのまま心の中に居座って、

それはもう息苦しくなるばかり。

 

「いてもたってもいられなくなって。このままだと自分は死んでしまうとまで

思い込んで。だから誰かに話したくて。ごめんなさい、楓子さん」

 

還暦になっても、古希になっても、いえいえ米寿、白寿になっても、

恋する男の心は同じでしょうね。

好きな相手のことを考えると胸いっぱいに思いが広がって、

苦しくなる。

いままでだったら、

そのひとの顔を見るだけですーっと膨らみは萎んだかもしれないし、

声を聞いたらあっという間に消えてしまう。

逢瀬の幸せですね。

 

そんな日常が停まると、1日も尋常ではいられない。

生爪を剥ぐ強烈な痛み。

生木を裂くような無慈悲な別離。

 

わたしも彼とそんな状態になったら、

きっと大声で叫ぶに違いありません。

叫んでも収まらないなら、さびしくて悶え死んでしまうでしょう。

 

きっとわたしのSМって、「寂しく悶える」って意味かもしれません。