小説『わたしの中の彼へ』第一回目


小説のタイトルは『わたしの中の彼へ』です。
彼がリスベクトする女性の前衛小説家のエッセイに、確かこんなタイトルがありました。
でもインスパイヤしたかもしれませんが、パクリではないと思います。
だってこれはエッセイではなく、わたしの彼が書いた小説の題名なのですから。
正しくは、わたしの中にいる彼が書いたノンフィクションなのかもしれません。

 

彼はこれを書き、さらに公表するにあたってはずいぶんと悩み迷ったと思います。
彼の悩みが手に取るように伝わり、わたしも辛いです。

幸福感の共有は胸膨らむようで楽しいけれど、
辛さの共有はできれば勘弁してほしいのですが、愛する相手の辛さを少しでも和らぐことができるのなら、わたしは進んで彼の辛さを共有しよう。

出来れば彼の支えになってあげたい。

 

彼の辛さは、

たとえ小説というスタイルをとったにせよ自分の現況を赤裸々に描くことは、
現在の自分の置かれているみじめな状態をさらけ出すことに他ならないからです。

 

彼が、「わたしの彼」から「わたしの中の彼」へと変化したのは今年の2月のことでした。
ちょうど感染症がこの国で急速に広がり始め、気が付いたらパンデミックと化して全世界を席巻したころです。
時期が重なるからと言って、ウィルスの跳梁跋扈を恐れた彼がわたしの中に逃げ込んだわけではありません。
ある日突然、彼がわたしの中に来た…と書くべきか、気づいたらいた、と書くべきか、
そのあたりのわたしには判断はできませんが、ともあれ、彼はわたしの中にいたのです。
彼の境遇を彼とともに受け止め、そうしてふたりの今後を考えるためにも、
彼の小説を読むことは彼を愛するわたしにとっての責務なのでしょう。


◆はじまり

 

わたしは自分の名前を呼ばれることを恐れています。
「ソータ」と呼ばれることも「ソータ君」と囁かれることも、どちらも嫌なんです。

名を呼ばれたら顔を出す。
これが避けられぬわたしの運命です。自分ではどうにもならない宿命なんでしょうね。
天からの声。そう思うことにしております。

「ソータ」と彼女が口にすればわたしは自分の意志とは関係なく、顔を出す。
いったん顔を出したならば、自分の意志で戻ることはできません。
戻るには「許可する」と彼女が口にしてくれなくてはならないのです。

わたしが顔を出したままの状態の時に

万が一にも彼女が失神したり眠りに落ちてしまったならば、
当然わたしはそのままの位置であり続けることになります。

この間も、そうでした。
突然、彼女が「ソータ」と口にしたのです。
何の脈絡もなく、予想だにつかない状況で名を呼ばれたから、
ストンと、まさしくストンとわたしは落下して、彼女から顔を出しました。
その途端、目の前が真っ白となり、そのあと顔中を水に包まれてしまったのです。
何が何だかわからなくて、大声を上げたからよかったものの、
そのまま黙って水を飲みこんでいたら、きっとおぼれ死んだことでしょう。

ざぶんと水中に顔を入れられたとたん、その音に気が付いたのか
「あらっ」とかわいい声を出したのを覚えています。
「どうしたの、こんな時に顔を出して」と質問するよりも他にすることがあるでしょう。
声をかけてくれるよりもまずくわたしを水中から出してほしかったなあ…。

 

それでもなんとか水の中から引き揚げられ、とりあえずわたしは溺れ死ぬことから救われました。
「ありがとう」とわたしは彼女に感謝します。
お礼はお礼で、謝辞は当然です。
どんな状態にあろうとも、人間だもの、感謝の心を失ってはダメだと思います。

しかし彼女のそのあとの対応が理解できません。
どういたしましてと返答があると思ったら、
「どうしたのよ!」とわたしを叱責するではありませんか。
挙句、体重をかけてわたしを白い陶器に押し付けるのです。
云うまでもありませんが、水は髪を濡らし、鼻から入ってくる。

ゲボッ。


すぐさま腰を上げてわたしを持ち上げてくれたので助かりましたが、
わたしはジェームス・ボンドではないから、二度は死にたくありません。

 

どうしたもこうしたもない。
わたしは鼻水とゲロとを垂らしなが、叫びました。

「お前がオレの名を呼んだからに決まっているだろう!」
わたしは堪忍袋の緒と自制の口ひもを二つともども引きちぎりました。

いっけねえ…とすぐさま反省したけれど遅きに失したようでした。


彼女は上からわたしの顔を覗き込んで、ペッ!と唾を吐きかけてきたのです。
「バカ云ってんじゃないの。どうしてトイレに来てあんたの名を呼ぶのよ。
おかしいでしょ。そんなことどうしてするわけ。わたし変態なの?」
さらに続けます。「まだね、オシッコをした後ならばわかるは。
おしっこで濡れたあそこを拭きなさいというんならね。」


彼女が罵声をかけている間にわたしも落ち着きます。考えてみればそうです。
この状態で彼女がわたしを呼びだす必要はない。
この状態とは、トイレに入り、便器に座り、下着を降ろした状態のことで、
だとしたら、なんかの間違いだとしか云いようがありません。

彼女も冷静さを取り戻したようです。
「…そうか」。
なにかに気が付いたようでした。

「わかったわ。わたし、そうか…ってつぶやいたの。
そのとき唾が出できて、そうた、となったのねきっと」
わたしも納得しました。

彼女はわたしの顔をトイレットペーパーで拭ってから尋ねてきました。
「どうする。戻りたいの。それともわたしのおしっこするところ、見たいの?」と質すのです。

「見たいの」といわれましても、わたしがまだ外の世界で自立していた楽しい時期には、なんども彼女のおしっこするところを何度も見ております。
見ただけでなく、お互いが飲んだり飲まれたりしましたから、なにもいまさら、そんなことをいたいものですか…。

 

わたしの気持ちを察したのでしょうね、彼女が例の呪文を口にしてくれました。
「じゃあ。戻って。許すは」
この言葉でわたしは再び顔をひっこめました。
ひっこめると意志も記憶も真っ暗な闇の世界に閉じ込められて、完全なる静寂だけが
わたしを包みます。

そのあと彼女がたとえば一週間わたしの名を呼ばなければ、わたしはただただ、彼女の中にいるだけだです。
その間の時間の経過は、感じることはありません。
時間の経過を感じないということは、ないも同然です。
わたしは、彼女が「ソータ」とわたしの名を読んだその時からこの世界に顔を出し、
顔を出している間だけこの世の時間が経過し、わたしは外の世界を感じることができるのです。


わたしの置かれている状況を理解してもらうにはもう少し時間を要するかもしれませんが、
彼女、楓子さんの中にわたしは存在し、わたしは楓子という世界に包まれて生きているのです。

わたしはそのように認識しております。


(一回目、終わり)